分析脳を凌駕する。

harikona2009-01-18

目の前に起こったことや、
自分が感じ、思ったことに対して、
どうしても
「何故そうなったのか?」と
考えずにはいられない
人間でありまして。
めんどくせーなあ、と、
自分でも思うんですが、
こればっかりは、
どうしようもない。
そして、
この性格のおかげで、
より、深く、リアリティを持って、
相手や、作品のことを
理解することができるので、
まあ、
あながち、悪いことでもないと思うのですが。


そんなあたしが、
昨日のスネオさん@サッポロのライブの感想を友人に話すにあたり、
第一声で発したのが、
「楽しかった!!」
だった。


スネオさんのライブで、
手放しでこんなことを言えてしまう自分に、少々驚きを覚えざるを得ないのだが。


だが、もう、これが、すべてではないだろうか。


当然、中途半端な覚悟では行っていない、という自負はある。
が、
いちいち意図を測ろうとする、こまっしゃくれたあたしの感情は、
目の前で奏でられる、圧倒的ながら威圧感がない、
・・・そう、カナシミを内包したままの、やさしさとあたたかさで、包んでしまうような、
その音とうたを前にして、
いつのまにか、考えることを、止めている、自分がいた。


あきらかに、昨年のAXのライブから、進歩しているバンドの音。
ひとつひとつの音、ことばに乗せる想いが、さらに深まっているような、
スネオさんのうた。
そして、5人から発せられる、届けたいと願う、熱量の高さ。


平常の自分であれば、確実に泣いている、
{スカート}〜{バースデー}の流れ。
・・・涙が、あふれてこなかった。
正確に言うと、泣いている、暇がなかったのだ。
音に込められた願いの重さと温かさに、圧倒され、立ち尽くすしか、なかった。


ここまで、
こんなにも深い音を、
たくさんの修羅場をくぐりぬけてきたであろう人達が、
鳴らさなければなならいところまで駆り立てる、スネオさんの音楽には、
いったい、何が秘められているのだろう。


いや、
その理由は、わかりきっているはずだ。
良く悪くも、自分の存在と、己が信じることに対し、
偽ることが、出来ない音楽だからだ。
そして、
その想いが、受け手にも確実に伝わっていく、力を持っているものだから、
鳴らす側にも、その覚悟を強いてしまう。
やっつけは、許さんぞ、的な(苦笑)


けれど。
そうすることが、それに身を任せることが、
こんなに、うれしく、たのしいことだと、思える、「今」が、
スネオさんの、答え、なのかな、と。
光も闇も、受け入れた上で、分かちあい、認めあうこと。


ススキノで一人、焼き鳥をつまみ、ぼんやり飲みながら、
そんなことを考えていましたよ。
今頃、5人とスタッフさんは、同じエリアのどこかで、飲んだくれてんのかなー(笑)
一緒に飲みたいなー。缶コーヒー(笑)


映画のロケの話もしてくださったし(キャーー☆)
気に入っていただけたのかしらん。うちの地元。
へへ。うれしいな。


ほんっとうに、楽しかった。
すばらしいライブだった。
あの時間、あの場所にいることができて、こころからよかったと、思う。


これから行かれる各地のみなさん、
今のスネオさんとバンドメンバー、
すごいことになってますよ。
覚悟しておけっ!って感じっす(笑)