私は涙を流し続けていた。


その涙の意味を、どう捉えるべきなのか、まだ明確ではない。


細見の心象風景が修羅に満ちていて、
あまりに過酷なその様に、恐れにも似た何かを想ったのは、確かだ。


何故この人は、こんなにまで自らで自らを傷つけ、痛めつけ、
そうまでして、立たなければならないのか、という疑問。
・・・これは、本人ですら・・・というより、
人間が生きる意味、という話にもなってくるのだけれど。


そしてもうひとつ思ったことは、
こんなに痛みに満ちた歌詞を吐き出し、
全部さらけ出しているのに、そんな笑顔になれるのは何故なのか。
ライブは、受け入れられていると感じられる唯一の場所だと、公言しているけれど、
その言葉を発するのにだって、相当な苦しみが伴うであろうに、
まるですべてを肯定するかのような、その無防備な笑顔には、
一点の曇りもない。


まとまらない想いは、今も頭の中を回り続けているが、
ひとつ、明確なことは、
細見と相対し、彼がうたを発したその瞬間、
うただけになっている細見は、とても美しい存在になっていた。
純粋な想いに殉じている人間とは、こんなにも輝いて見えるものなのか。
その、子供のような邪気のなさが、あまりに眩しくて。
その眩しさに、心が震えて、涙が零れ落ちた。
これだけは、はっきり意識していた。
ああ、なんて綺麗なんだろうと。







あの場にいたほぼすべての人間が(メンバーも含めて)
自覚があると無いとを問わず、
心を傷つけ、傷つけられて滲み出た血と、
痛みや苦しみによって堪え切れずに零れ落ちる涙とを、
包み隠さず、真っ正直に、流していた。


それらを、爆音で鳴らされた音と、細見のうたが、
瞬時に受け止め、浄化し、昇華させ、
その次の瞬間には、
純粋に音を楽しむ喜びの声と、解放された笑顔を導き出す。


そんな循環が、一曲の中で、曲が移り変わるごとに、
めまぐるしく起こり続ける。


the HIATUSのライブは、
手放しで楽しいとは、とても言えない。
あらゆる感情が否応無しに引きずり出され、
それらすべてと向き合わざるを得ないからだ。
あえて見ないようにしていた傷、考えないようにしていた疑問、
己が己に対して行っている欺瞞、
好きな音楽を全身で聞ける喜び、分かち合える笑顔。
繋がっている、と確かめられるあたたかな気持ち。
すべてを吐き出し、体を揺らし、
否定と肯定を繰り返し、
猛烈なスピードで起こり続ける暴風雨のような感情の起伏は、
いつしか、不思議な解放感へと、繋がっていく。


お互いを理解し、受け入れ合っているような、すぐそこに、いるような感覚を伴って。


鳴らされる音が、曲数を重ねるごとに、間近に迫ってくる。
雑音が消え、それ以外聞こえなくなる。
ステージにいる細見との距離が、どんどん近くなっていく。
まるで手を握り合っているかのような、存在の確かさが感覚として、ある。


ライブで、実際に鳴らされている音に触れると、
うたに抱かれているような、音に包みこまれているような気持ちになったり、
目の前の景色が変化していく様を経験することはよくあるのだが、
うたいて本人の熱が、ここまで近かったことは、正直、今までなかった。
細見がうたっているところに立ち会ったのは・・・多分4回目?くらいかな。
そのどれよりも、近い。
Zeppの一番後ろのブロックに居たにも関わらず、細見の体温を、感じた。
会場中を、細見の意識が覆っている、というのでもない。
あれだけ激しい音が鳴っているにも関わらず、
ここにうたを聞きに来たひとりひとりと、面と向かって穏やかに話している。
そんな感じ。
差し出した手を、ちゃんと、握り返してくれていると、
疑う余地なく、思えるこの、不思議な確かさ。



ここまで全部さらしてしまって、逆に辛くないのだろうか、といつも思う。
すべてを見せるということは、諸刃の剣。
寝首を掻かれることだって、ありうるのに。



人は、自らの罪に対し神に許しを乞う時、生贄を捧げる。
私にはどうしても、それを願っている人がここにもいるような気がして、
・・・背筋が寒くなる時がある。
性質が悪いのは、当人らにはその自覚がないということ。


だから、あまりにも無防備なその姿を見ていると、
ほんの少し、不安がよぎる。
ここに、すべてを捧げていることを知っているから。


人は、簡単になくなってしまう。
そして、簡単に変わってしまう。
信じている自分でさえ、虚ろになっていく。
ただ、その全部と、なんとか折り合いをつけ、だましだまし生きてる。



・・・こんな戯言いっちまうような神経だから、涙が止まらないのかもしれん。



こんな生き方が、成立する人は滅多にいない。
大抵は、内圧と外圧の均衡に負けて、折れるか負けるかするもんだ。
人間という生物の中では、稀有な人だと、言わざるを得ない。
ただ、
やはり、どうしても思ってしまう。
どうか、どうか、もっと、自分を大切にしてあげてほしい。
無理な願いだとは、承知だが。






MCらしいMCはほとんどなかった。
ただひたすら、オーディエンスに向かって「ありがとう」を繰り返していた。
そして、
アンコールで「メンバーに冷やかされるからあまり言いたくはない」とは言いつつ、
「お前らの心がほしい」
と、まっすぐ言い放った。



楽家なら誰しもが、
聞き手の心に、うたがそのままに伝わることを祈りながら作り、うたっているだろう。
だが、細見は、
うたを届けるだけでは飽き足りず、その心までも、すべて受け止めたいと、本気で言った。
お前らの痛みや悲しみも、全部このうたで引き受けてやる。
だから、全部出せ、と。
こんなこと、なんの衒いもなく言葉にできる生き方をまっとうできる奴なんて、
そうザラにはいない。
そこまで聞き手を信用してしまうのか、と、さすがにこれには驚いた。
ステージ立ってる細見は、無敵と言ってもいい。
ここに立つためだけに、全部を投げ出しているから。
だからこそ、そんなことが言えるし、
この瞬間に、偽りはない。
その細見の覚悟に、
オーディエンスは、拳と歓声と拍手で、見事にこたえた。


なんて、あたたかい光景だろう、と、くしゃくしゃに笑う細見を見て、また涙が出た。





バンドの音は、以前の何倍も、激しく、強くなっていた。
ファーストのツアーでは、
細見を守っているような感じが、少しあったのだけれど、
そのほんの少しの距離が、今はまったくない。
一分の隙も無い程に、空間を、聴覚を、ありったけの想いを埋めてゆく、音の洪水。
まるで、五匹の虎が、
今にも互いの喉笛を掻き切らんばかりに牙を剥いて、暴れまわっているかのような、
音と感情のぶつかり合い。
気高く、力強くて、美しい、獣の咆哮。


ファーストの曲が、まるで違う温度で鳴らされていた。
歌詞の意味を考える間がない。
体が、だまってられない。


考えるとか、記憶するという意識がまるで消失していたので、
感覚的なことしか覚えていないが、
印象的だったことを、いくつか書き留めておく。



うわー。セットリスト、全然ダメです(苦笑)
完全順不同。
どれだけ解放してたんかね、私。<セットリスト>
The Ivy
Talking Reptiles
My Own Worst Enemy
Storm Racers
Monkeys
Centipede
Doom
The Flare
紺碧の夜に
ベテルギウスの灯
Silver Birch
Antibiotic
Insomnia
Notes Of Remembrance
西門の昧爽


EN
Walking Like A Man
Lone Train Running


WEN
Ghost In The Rain






{The Ivy}
カオス。
マグマのうねり。
視界が赤に染まる。
「君」のところで、オーディエンスで手を差し出す。
唐突に冷え固まり、冷やかな石になってしまうかのように、
終息していく、熱。



{Monkeys}
狂うだろうな、と覚悟はしていたが、これ程とは。
理性が飛ぶ。箍が外れる。
大脳皮質の停止を、余儀なくされる。
猿になっちまえ。
もう、どうにでも。




{ベテルギウスの灯}
何度も、こちらに、つかもうとするかのように手を伸ばす。



{Antibiotic}
ピアノの旋律がとても素直で美しい。
一葉くんは、とても澄んだ音を鳴らす人ですね。
後半、鍵盤と絡み合うように、ずっと細見がうたい続けていた。



{Insomnia}
初めて聞いた、テナーとのスプリットツアーの時は、
あまりに歌詞が、辛くて、まともに聞けなかった。
「助けて」
こんなことば、叫ばなければいけないなんて、どれだけ深い闇を抱えているのか。
しかも、それを、偽りなくそのまま、全力でうたっていて。
あのときは、本当にただ息を殺して見つめているしかなくて。


曲が始まるまでは、今日も聞くの辛いだろうな、と思っていたのだが。


意外なことが起こった。
全力で放っているその声に、まるで導かれるように、
知らず知らずのうちに、私も一緒に、叫んでいた。
・・・私のうたに、なっている・・・。
「助けて」
泣き叫んでいる自分を、止めることができなかった。


だが、これは、細見に対して助けを求めた訳ではない。
誰でもいいから助けて欲しい、ということでもない。
救われたい、というのとも違う。
ただ、そう、言いたかった。
・・・そうとしか形容できない。


突き動かされるとは、こういうことを言うのだろうか。
自覚のないまま、
私の中で蠢いているどす黒いものに侵食され続けている白い部分が、
反応したのかもしれない。


声に出すことは、思っていたほど辛くはなかったが、
出したからと言って、楽にもならなかった。
だが、少しだけ、わかったような気がした。




{Ghost In The Rain}
友人が、「始まりの曲で終わるんだ」とつぶやいたこと。
・・・・終りにはならないことを・・・信じたい。